2014年07月29日

世界を目指すということ(その3、完)

(その1はこちら→ http://fb.me/2IX4xv1bi
(その2はこちら→ http://fb.me/71cRkFooW

とある大会運営の時。
運営手伝いをしてくれるという某女性選手を東名でピックアップし、現地に向かっていた。
その車内の会話の中で、彼女は、「学生時代、特にインカレを特別視していなかった」と言っていた。
そして、「大会運営に参加すると試走とかたくさんできるから、学生が終わった今も積極的に手伝っている」と。

インカレのために走っていたと言っても過言でなかった自分は、これを聞いて少し驚いた。
そして思った。「ああ、この子は本当にオリエンテーリングが好きなんだな」と。

・・・はて。

自分はそうじゃなかったのだろうか。

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モチベーションを上げるもの、いわゆる「動機づけ」には二つの種類がある。
外発的なものと、内発的なものの2つだ。

外発的動機づけとは、義務、賞罰、強制など、外から与えられるものによってもたらされる動機づけであり、
内発的動機づけとは、好奇心や関心など、自分の内側から沸き起こる思いによってもたらされる動機づけである。

最近、吉田勉さんがブログの中で、大会の順位という外発的な動機ではなく、
完璧なレースを目指すという、内発的動機付けを持つ大切さについて記事を書かれている。
http://o-pinion.seesaa.net/article/402176196.html


これを見て思う。

インカレを知って以降、自分は「外発的動機づけ」にあまりに支配されていたのではないか。
インカレで結果を出すことが全てになってしまい、より速く、より上手にという根本的な動機を、忘れてしまっていたのではないか。

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先述したとおり、世界の舞台で日本人が戦うのは非常に難しい。
そういう現状の中、結果「だけ」を求めて、すなわち外発的動機づけに依存してチャレンジしても、高い確率で挫折が待っている。
そして、世界の舞台で戦えないと悟ると、世界に飛び込むことすらやめてしまう。

でも、それって実は本末転倒ではないだろうか。

インカレを知らない1年生のとき、レースのたびに20分のミスをやらかし、なんでうまく出来ないんだと悩み、コース地図を何時間でも睨みつけていた。トレーニングが実を結んで走れるようにもなりはじめ、ある日突然うまく回れたりするようになる。そんなあの頃は、とてつもなく楽しい時間じゃなかっただろうか。

世界に出れば、みんな1年生の頃と同じようにオリエンテーリングに立ち向かえるのだ。
欧州に遠征するのは時間もお金も馬鹿にならないが、しかし、例えば毎夏の遠征のためにお金を貯め、毎年欧州の大会にチャレンジするというのは、かなり充実した人生の送り方になると思う。
「結果」は出れば儲けもの。より速く、より上手になるという「プロセス」を求めてそこに行けば実はとても楽しい世界が待っている。

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そういうわけで、自分が強化委員会に1つ提言をするとするならば、
「海外テレインのファンを増やす施策を打つ」のはどうだろうかと思う。
例えばJOA主導で海外ツアーを組む、とかだ。取りまとめを誰かにしてもらえるだけでも、「世界をちょっと覗いてみたい」と思ってる人が海外の大会に出るハードルを大きく下げることができる。

前述したとおり、海外はあまりにも違う世界が広がっている。
日本代表だけすくい取って援助するのではなく、そもそも世界にチャレンジする楽しさを伝え、そうしようとする人間を増やして行かなければ、日本のレベルアップは図れないのではないだろうか。


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最後に。

半年で挫折した自分の夢であるが。
あのとき挫折していなければ、今の自分はなかったかもしれない。

挫折は終わりではなく、新たな可能性の始まりである。

世界の舞台で戦った戦士たちの今後の活躍を切に願い、筆を置こうと思う。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

(完)
posted by tkmasa2466 at 18:11| Comment(0) | 日記

2014年07月27日

世界を目指すということ(その2)

(その1はこちらから→ http://nishipro.sblo.jp/article/101935260.html

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それにしても、どうしてこんなにも世界の壁は厚いのか。


一番大きな問題は、テレインの性質にあると思う。

地形の一つ一つが大きく、地形を用いてラインを正しく乗り換えて行くのがメインの日本に対し、
欧州のものは、見通しが悪かろうが足場が悪かろうが、とにかく直進ができないと話にならない、ということが多い。

そしてそのような経験をする機会が日本ではごく限られる。
技術的な難易度が根本的に違うのだ。

また、地図も相当に特殊であるように思った。
自分の海外経験は先述のエストニアとスウェーデンのオーリンゲンだけだが、いずれも誇張表現がかなり極端だった。
沢じゃないのに沢が描かれていたり、凹地じゃないのに凹地が描かれていたり、ちょっと首をかしげたくなるものが多かったように記憶している。

もちろん、一言に欧州のテレインと言っても、国や地域によってその性質は様々である。

しかし、日本人が欧州に遠征するのには相当なお金と時間が必要なのに対し、
欧州の人間が、別の国に遠征するのはずっと簡単だ。


他のスポーツとは違い、地域による個性が全く異なるのが、「オリエンテーリング」という競技の特色である。
それは非常に面白い一面であるが、一方で、オリンピック種目のようなグローバルなスポーツを目指す上で大きな弱点であると言わざるを得ない(だからこそ、IOFはスプリントのような地域特性を極力排除した公平性の高い種目に力を入れ、その弱点を克服しようとしている)。

もちろん、日本で欧州向けの対策練習をする工夫の余地はいくらでもあるが、根本的な部分で、日本は宿命的に大きなハンディを背負っていることをまずは自覚する必要があろう。

そして。

そこに、体力面の弱さが掛け算でかかってくる。

日本のオリエンティアのトレーニング量水準が低いからなのか、成長期に十分なトレーニングをした人があまりいないからなのか、汚い不整地を走る経験が乏しいからなのか、そもそも底辺の競技者数が少ないからなのか、少なくとも、「技術では負けるが体力では欧州の選手と伍して戦える」という選手は少ない。



結果、世界との隔たりはとてつもなく大きくなる。
では、競技者は一体どのようなモチベーションでもってそこにアプローチすればいいのだろうか?
そこに価値を見出すことはできるのか?


(つづく)
posted by tkmasa2466 at 09:17| Comment(0) | 日記

2014年07月24日

世界を目指すということ(その1)

石澤さんがTwitterで以下のように投稿されていた
==
過去からずっと変わらないけれど、代表選手たちは僕らの誰よりも練習し、強い思いを持って世界選手権に臨んでいる。そして、多くの場合打ちのめされて、誰よりも傷ついて帰ってくる。憧れの存在であることは、想像もつかないほどの覚悟と引き換えなのだ。
==

また、世界選手権を走った某若手選手はしばらく競技を休む旨の投稿をしている。

現状、フットオリエンテーリングで世界の舞台に立つというのは、それくらい今の日本人には厚い壁なのだ。
結果を出すことが著しく難しい世界では、モチベーションを保つのも難しい。
果たして、それでも我々は世界を目指すべきなのか?その目的はなんなのか?

少しそのことについて考えてみたいと思う。


※書き出したら、どんどん長くなってしまったので、一旦アップ。連載形式にします。
※着地点は見えているので、近日中に全文アップします。


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少し自分の話をしたいと思う。

自分は、大学3年の時にインカレチャンプになった。
直後に設定したターゲットが翌々年のユニバー(世界大学選手権)である。
ミドルで50位以内に入る、くらい言ってた気がする。
そのため、夏には開催地のエストニアで単身3週間の現地キャンプを張った(←今考えたらよくこんなことしたなぁと思う)

そこで世界の壁を見た。

地形が見えない
直進ができない
日本で出来たことが何一つ通用しない。

高校生用(M18)のナイトOが、10kmくらいある普通のガチのロングコース。
完走はしたものの、1年生みたいな走りで、本当に命からがらだった。

街スプリントはちゃんと走れた。ほぼノーミス、ノーストップの完璧なレース。
でもリザルトを見て驚愕。最下位の一個上だった。


3週間も居ればそれなりに走れるようになるだろうという目論見はもろくも崩れ、そこで考えた。
世界の舞台でそれなりの結果を出すためには、時間的に相当な投資をしないと無理だろう。
それで仮に希望通りに「それなりの結果」が出たとして、どれくらいの人間がどれくらい喜ぶだろう?
その喜びのために、多大な努力をする覚悟を自分は持てるんだろうか?

しばらくして、自分はユニバーを目指すことをやめた。
ほんの半年ほどの夢だった。


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(つづく)
posted by tkmasa2466 at 23:26| Comment(0) | 日記